広島建築めぐり 2012夏

8月の12〜14日に広島に行ってきました。
丹下さんの広島平和記念資料館をはじめ、大文字の建築からミニマルな建築まで質の高い建築に恵まれているという広島は、学生のころからずっと行きたくて仕方のなかった場所でした。
今回はこの旅行で観てきた建築群を紹介します。




日本銀行広島支店
設計:長野宇平治(1936)

外観。レトロな路面電車とよく合います。

初っ端から渋いチョイスですが、長野宇平治による銀行建築シリーズのひとつ、旧日本銀行広島支店です。
長野宇平治(1867-1937)は近代日本建築の父、辰野金吾に師事し、辰野と共に優れた銀行建築を全国につくりました。
そのスタイルは重厚・厳格で、西洋の神殿や教会、権威ある建築を下敷きとしています。


内観

ひとたび内部に入ると、そこは吹き抜けのある広いホールです。天井にはトップライトが穿たれていますが、少々暗く、重厚さを帯びています。
日本が近代に入って積極的に西洋の建築を取り入れるようになった背景には、近代化の象徴である「西洋様式」を取り込み「富国強兵」を西洋にアピールすると同時に、西洋の権威的な建築様式を真似ることで、その建築の背後にある権威権力を政治的イデオロギーに利用したのではないかと考えられます。
当時の国民に近代化への期待を持たせるために、舶来の様式を借り、国民を感化させる、そのために国家の窓口たる銀行建築を真っ先に煉瓦やコンクリートで造る必要に迫られた。
そんな経緯を想像してしまいました。




基町クレド
設計:NTT都市開発日建設計・他(1994)

内部段状アトリウム

1994年に竣工した都市型複合施設です。
バブルの弾ける前に設計したと思われる凝った平面や屋根構造が写真からも見て取れます。
内部は段状になっていて、アトリウムは室内ではなく屋外になっています。
閉塞的なハコになってしまいがちな都市型複合施設ですが、ここでは巧みな平面計画によって立体的な「ストリート」を生み出しています。
この日はちょうど最上層の広場でトークショーをやっていて、多くのギャラリーで賑わっていました。
現代都市における街路に対する積極的な提案として、興味深く見学しました。




原爆ドーム(旧広島県物産陳列館
設計:ヤン・レッツェル(1915)

言わずと知れた原爆ドームです。
僕はこの廃墟を前にして、この建築が辿った運命と、崩れ落ち風化した煉瓦とモルタルの肌に、思わず「美しい・・・」と感じてしまいました。
この感想は少なからず不謹慎かもしれませんが、例えるなら、両腕をもぎとられたヴィーナスが美の象徴になりえたのと同様、廃墟には完成品には得難い強さが存在します。
非人道的な破壊によって廃墟と化し、崩れ落ちながらも躯体は残り、人々の平和に対する祈りの象徴として生きながらえたこの建築は、原爆によって神話化された「恒久平和の神殿」とも言うことができます。
その神殿を前にし、言葉が詰まり、「美しい」という感情を抱いてしまったのでした。
過去から現在、そして未来へと繋ぐ寡黙な語り部として、これからもこの建築は人々の手によって残されていくことになるでしょう。




広島平和記念資料館
設計:丹下健三(1955)

外観

この旅行で最も行ってみたかったのがこの広島平和記念資料館です。
建築界の巨匠丹下健三の実質的デビュー作にして、近代日本建築の夜明けを告げる圧倒的な強度を持った建築。
マスタープランから導かれた軸線上に横たえられた直方体の箱は、地面から切り離され、繊細なふくらみを帯びた壁柱によって支えられています。
この柱は建物の長手方向からはか細く見えるよう配置されており、平和記念公園への視線の抜けが意識されています。
初めてこの建築を見たときに、「これはユニテだ」と思いました。
「ユニテ」とはル=コルビュジエの手がけた集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」のことです。
1階部分のピロティ、優雅に持ち上げられたマッシヴな躯体、ブレーズ・ソレイユ等、いかに若き丹下青年がコルビュジエを敬愛していたかが伺えます。

厳格で理性的なシンメトリーのプロポーションに、建築への陶酔を感じました。




Tamaya BLD
設計:FUTURE STUDIO(2012)

夜景

広島一の繁華街、本町通りに面したタリーズの入った商業施設です。
ノーチェックで通りがかりに発見したのですが、内部には柱が見当たらなかったので、繊細な格子状の壁面がどうやら構造体になっているみたいです。
難点を挙げるならば、敷地の制約上アーケードに絡んでしまい、アーケードの丸柱が邪魔してしまっていることでしょうか。
構造体を意匠的に仕上げた面白い建築なだけに、惜しいです。




広島市西消防署
設計:山本理顕(2000)

外観


アトリウム

何と言えばいいでしょうか・・・スケスケです。笑
それこそ、こちらが恥ずかしくなるくらいに。
外観は緑がかったガラスルーバーで覆われているためそれほどの透明感はありませんが(下から覗けば全て見えますが…)、ガラス張りの室内、グレーチング多用の床など、もはや透明偏執狂とでも呼びたくなるような建築です。
(もっとも理顕さんは透明偏執狂ですが)


グレーチング床と階段。怖ぇよ

見学は受け付けで名簿に記帳すると可能です。
もともと都市に開かれた消防署というコンセプトであり、外部の見学者を積極的に受け入れて消防活動のことを周知させるのが狙いだったと思います。
署員の方も慣れた感じで、この浮遊感に満ちた建築の中で仕事に励んでおられました。




厳島神社

水に沈む社殿

世界遺産厳島神社です。
潮の干満という地球のダイナミズムを大胆に採り入れた建築。
自然に抗うのではなく、自然の摂理に沿い、順応させるフレキシビリティを備えています。
日本建築には自然と「共生」するという思想があったのだと感じずにはいられません。


干潮時


満潮時

幸いにも潮の干満の様子をどちらも拝むことができました。
厳島神社がそもそも岸辺に建てられた所以は、ご神体である弥山をなるべく傷つけることないように、社殿を岸まで追いやり、鳥居をその先に作ったら海上だった・・・という説が有力のようです。
このエピソードには、日本人の、自然に対する極端なまでの奥ゆかしさが端的に表れています。
自然が征服対象であり、山頂に城郭や教会を築いた西洋的思考と根本から異なる文化特性を感じました。




「sarasvati」という自家焙煎コーヒーを提供してくれるカフェで一休み。
古民家を改修した店内は静かで、ゆっくりとコーヒーを楽しむことができました。
サイトはこちら。
オシャレでお勧めです。




世界平和記念聖堂
設計:村野藤吾(1954)

外観


身廊から祭壇を見る

「世界のタンゲ」と並び称された近代建築界の巨匠、村野藤吾の手による教会です。
光の入りを抑えた静かな内部は、鎮魂への祈りをささげる場所として張りつめた雰囲気を醸し出しています。
コンクリートアーチを多様したデザインはどこか分離派建築を思わせ、量塊の重みとアーチの軽やかさが絶妙なバランスを保っていました。


側廊


差し込む光


ステンドグラスの造形

ステンドグラスの上には、西洋の教会で見られないような円を3つ繋げた造形がみられました。
全くの勘ですが、西洋の様式を踏襲しつつも日本的な記号として、虫籠窓にヒントを得たのでしょうか。
教会という「西洋」に対する村野の応答は、折衷を超え、止揚にまで高められています。
こういった表現の細やかな配慮をもつ建築こそ、人々に感銘を与え続ける建築なのだと思います。




広島県立美術館
設計:日建設計(1996)

借景の廊下


内部ブリッジ

打って変わって、モダンな美術館です。
敷地の隣には「縮景園」という江戸時代に造られた個人の庭園が広がっており、建物にはそのビスタを取り込む工夫がなされていました。
「縮景を借景に」なんて洒落を言い合いながら計画された様子が目に浮かびます。
公立の美術館にしてはとても伸びやかで、お金をかけているなという印象でした。
広島は建築物に対してしっかりと公的な投資がなされているためか、公的な建築にも良質なものが多いようです。




基町高等学校
設計:原広司(2000)

外観


内部アトリウム

原さんお得意のロングスパン建築です。
京都駅(1997)や宮城県立図書館(1998)の経験を生かし、校舎の両脇に教室、中央にアトリウムを設けるという大胆不敵なプランを実行しています。
案内をして下さった教頭先生によれば、4階に普通教室(10クラス×3年)が全ておさまり、2,3階に専門の教室が並んでいるらしいです。
エスカレーターやエレベーターが完備され、公立高校とは思えないほどの設備が充実しています。
アトリウムから眺める景色は工場か宇宙船の内部かといった雰囲気でした。


ギャラリー

基町高校は広島きっての進学校ですが、芸術系のコースもあり、ここは廊下兼生徒の作品を展示するギャラリーの空間となっています。
両脇には美術の専門教室が並んでいますが、大型プリンターを始め筑波大の施設を凌駕する設備が備わっていました。ちくしょう。


ブリッジ

原さんの大型建築でしばしばみられる空中回廊がこんなところにも。圧巻です。
突然の訪問にも関わらず、丁寧に案内して下さった教頭先生、ありがとうございました。




今回の旅で広島の風土、歴史の一端に触れることができました。
凝縮された都市空間はさまざまな顔を持ち、時に厳格に、時に穏やかに、と非常に魅力的な街でした。
次来る時は車で、郊外にも足を延ばしたいと思います。





鹿と戯れる同行者のみづはさん


おしまい。