広尾の教会(21世紀キリスト教教会)に行ったこと


昨日は2014年に広尾に完成した安藤忠雄氏設計の私設教会、「21世紀キリスト教教会」に行ってきました。
閑静な住宅街の奥にひっそりと存在する、二等辺三角形プランと直角三角形の開口部が強い印象を放つ教会です。
外壁は安藤建築のイコンともなっているRC打放しかつピン角というアグレッシブな仕様は相変わらずご健在。
RCの納まりはすでに安藤氏自身の作品の中で確立された様式(マニエラ)によってドライブされていますが、今回の礼拝堂の内装は木。
設計を生業とする者としては世界的建築家によってRCと木がいかように取り合うのか、RCで名を馳せる建築家による在来木造とは違った方面からのアプローチはどうなのか、というところに興味がありました。

21世紀キリスト教会 広尾教会堂(広尾の教会)
"21st Century Christ Church"

所在地:東京都渋谷区広尾5−9−7
建築主:21世紀キリスト教会(増山浩史牧師)
設計・監理:安藤忠雄建築研究所
施工:鹿島建設
構造・規模:RC造 地下1階地上2階建
延床面積:860㎡
竣工:2014年8月


安藤氏が手掛ける国内の教会建築は「六甲の教会」「水の教会」「光の教会」「垂水の教会」「海の教会」と過去5作品あり、6作目を数えるこの教会はその流れを継承しつつ、新しい解釈によるアプローチがありました。
過去に六甲の教会に行った話は→こちら

まず特筆すべきは二等辺三角形を大胆に取り入れたプランです。
コンセプトについて、安藤氏が日刊建設工業新聞に寄せた文章から引用します。

「ここで考えたことは、ここにしかない個性を持った教会をつくりたいということでした。その『個性』の手掛かりとして三角形を考えた。三角形は求心的な空間を生み出す力強い幾何学と同時に、人々が互いに寄り添って心を一つにしていく確かな共同体のイメージを象徴するものです。地域の教会は、安全で安心できて、いつでもそこにいけば誰かがいるという温かさを感じられる場所になってほしい」
日刊建設工業新聞2014年8月29日14面より

鋭いエッジが象る強烈な求心性に、安藤氏自身が言及する「共同体のイメージ」が重なり、安藤氏が教会建築で用いてきた矩形平面構成を大胆に捨て、新しい境地に立つものです。
また三角形は「神・信者・地域」の三位一体のメタファとも言えるかもしれません。


ヴォリュームは地下1階にセミナー室や食堂、日曜学校などの床面積を必要とする機能をまとめ、地上部に礼拝空間とオフィス・ライブラリーなどの小室を配置するという明快なプランニングがなされています。


壁面は溝彫り加工を施された木板が下見板のように重ねられ、木の陰影を強調しています。


礼拝堂の端部には20mm角ほどの華奢な鉄製の十字架が、壁から支持されて浮遊しています。


十字架の下は強化ガラス張りとなっており、地下を覗くことができます。
ところが案内してくださった教会の方からは「強化ガラスですが乗らないでください」との説明が。
不審に思ってガラスをよく見ると、


ん?


テープ(!)

アルミ枠だと思っていたのは金属色のテープでした。ガラス中央部にT字に入っているフラットバーも華奢で、ガラスの自重を支えているだけのようです。テープ貼は木壁との取り合いの難しさから苦肉の策で貼られたのでしょう。ちょっと笑いました。


祭壇側からみるとこのように遠近感が狂いそうになります。
2階席前の腰壁にはモニターと集音マイク(?)、2階天井にはプロジェクターと天井カセットエアコンが実装されています。


腰壁アップ。お茶目な顔をしてました。

ちなみに腰壁部分はパターン塗装(通称「パタパタ仕上」)があちらこちらに見られました。コンクリート打設の難しさから生まれてしまうジャンカやコールドジョイントなどの「不良部分」。安藤さんのコンクリートにジャンカなどあってはならないので細心の注意を払い、ゼネコンの現場職員が総出で打設するのですが、どうしても生まれてしまう欠陥部はモルタルや充填剤などの補修材で補修します。そしてRCと同じパターンとなるように専門の塗装業者が塗装するのです。安藤建築の洗練された打放しコンクリートというフィクションを成り立たせるための、影の立役者というわけです。
このような「パタパタ仕上」を見つけ当該部分の施工の困難さを想像するのも、ツウな建築の見方です(笑)。


巨大な変形開口部。木の太い柱が恐らく開口部の変形吸収の為に副えられています。


足元には配電スペースとフローリングの切り欠きが。


横長のスリットは空調の吹出孔です。RC壁と木壁の間に温風・冷風を送り込み、空調しているようです。


2階へあがる階段はフラットバー溶接の手摺を擁し、天井からは自然光が降り注ぐ象徴的な空間でした。
ところで室内なのに階段裏に水切りがあるのはなぜ?


2階から見ると、先端のスリットを通して得た光が、光沢をもった天井面と床面に反射し、スッと伸びていました。


簡素なつくりの長椅子も、手掛や背もたれの曲面にこだわりが伺えます。


地下へ誘う階段の踊り場。スリットから漏れる光が美しい。


地下両翼はドライエリアに面してキッズルーム、食堂が並びます。窓割はもちろん十字架で。


子供用トイレも台形平面。かわいい(笑)。


地下の小礼拝堂は天井が低く、長椅子が徐々に小さくなっていくかわいらしい空間でした。


祭壇裏の扉を開けると・・・


そこには石張りの水槽がありました。洗礼時に水を張り、体を沈めて洗礼の儀式を行います。
大人の入信者は水着着用だそうです。


見上げると先ほどのT字はアングルとフラットバー、縁はテープ貼りとガラス支持だけの構造なのがよくわかります。光を垂直に通すためだけにわざわざガラス床を設けたと考えられます。


端部は乳白色のガラスで納めていました。


ドライエリア側から見ると、このように擁壁から端部のサッシを受けていることが分かります。屋根の軒先なんて隣の住戸の壁に突き刺さるんじゃないかってくらい鋭い。


ややマニアックな観点から「広尾の教会」を見学しました。
ちなみに教会のダブルネームの由来について、公式には「21世紀キリスト教教会」なのですが、安藤氏が「広尾の教会」と名付けて建築誌や業界紙に公表してしまいそれが浸透してしまったので、ダブルネームとしたそうです。
安藤氏は「○○の教会」という名称で一連の教会作品を手掛けており、有名な「光の教会」も実は「茨木春日丘教会」だったりと、正式名称と通称が混在しています。
このようにキャッチーな通称を浸透させ、人々を魅了してやまない建築を作りだす安藤氏のしたたかさからは、さすがとしか言いようがありません。


教会で頂いた安藤スケッチのポストカード。

単純な矩形の上に三角形のケーキを載せたような外観、この単純なスケッチからデザインが始まり、プランニングと建築に落とし込むためのディテールの検討、依頼主や施工者、近隣との度重なる折衝を経てひとつの建築は成り立ちます。
今までの常識を取り払い、三角形のプランで教会をつくるという建築家の熱意と、それに関わる全ての人の熱意が一致し、唯一無二の建築を成り立つというスリリングな建築の現場を、ほんの少し追体験することができたように思いました。
そして失敗を恐れず常に新しいアイデアの実現に取り組む安藤氏の姿勢は、ものづくりを生業とする僕にとって大変刺激となりました。




同行者のえりさんと、帰りがけに足水で涼をとりました。

おしまい