ニューヨークの建築、アートめぐり(1,2日目)

2015年12月31日〜2016年1月6日まで、ニューヨークに建築とアートを求めて旅行をした。
年末はロシア・トルコ間で折衝があり、パリでISISによる同時テロが発生したりと国際情勢が不穏な中での旅だったので、同行する妻との約束事として①18時以降出歩かない ②年越しのタイムズスクエアやコンサートホールなど人が集まるところはできるだけ避ける ③スケジュールを実家に送付し、毎日メールで両親に報告する、などといったことを決めた。いつになく綿密な行程を組み、最も経済的で効率的なルートで回ったので、インプットが膨大になってしまった。膨大なインプットは書きとめなければたちまち忘却してしまうため、膨大なインプットに負けないくらい膨大なアウトプットをこのブログ上で実践しようと思う。

1日目にJFK空港に降り立ったのは現地時刻15時頃、この日はマンハッタン内のホテルまで直行し、それ以降外出しなかった。外はカウントダウンへの熱気から、大声やクラクション、ブブゼラの音が深夜にけたたましく鳴り響き、時々音で目が覚めた。人通りのそこまで多くないホテル前これだから、タイムズスクエア辺りは凄いことになってるんだろうな、と思い床についた。

2日目、朝6時に起き、ホテルで朝食を済ませる。妻は「もう少し休むわ」というので、一人でホテル周辺の建築を見に街に繰り出す。NYでは元旦の早朝、昨晩のお祭り騒ぎから一転して街は静まり返り、歩く人もほとんどいなかった。寒さはそこまでではないものの気温は氷点下、吐く息は瞬時に白くなる。
宿泊先のホテルの周辺は有名な超高層ビルがひしめきあう地域で、首は常に上を向けていなければならない。


Sony Tower / Philip Johnson (1984)
 
日本では「ソニービル」、過去には「AT&Tビル」として知られるフィリップ・ジョンソン設計のポストモダン建築だ。尋常ならざるサイズのブロークン・ペディメント(破れ破風)を有し、地上レベルには大聖堂思わせるヴォールトとバラ窓を配している。
近づいてみると写真で見る以上に巨大で、一つの完成されたオブジェとしてマンハッタンの喧騒の中に静かに佇んでいた。普段は建築において嫌われる雨垂れも、不思議な説得力を建物に持たせていた。ポストモダン建築は様式の混成系であり、その実は虚飾という空虚なものだとよく言われているが、造形の強度がある建築には古代ローマ建築のような高潔さと緊張感が漂う。
この建築についての建築史的意義についてはさまざまなところで述べられているので、そちらを参照されるのが良いと思う。


432 Park Avenue / Rafael Viñoly (2015)
 
マンハッタンの超高層建築の中でも一際目を引く細長い建物は、東京国際フォーラムを手掛けたブラジルの建築家、ラファエル・ヴィニョリによる高級コンドミニアムであり、その細長い禁欲的なシルエットには度肝を抜いた。イメージはヨーゼフ・ホフマンの「カッコイイごみ箱」だという。外観を見る限り構造は斜材を用いずPC(プレキャストコンクリート)の純ラーメンでできているみたい。本当にそんなことが可能なのか不思議だけど、地震がない地域だからできる建築なのだろう。
よくよく見ると柱梁に無数のクラックが入っているみたいだけど、これ本当に大丈夫…?


Lever House / Gordon Bunshaft (SOM) (1952)

 
今日のオフィスビルの一典型をつくったとされるこのビル、レバーハウスはSOMのゴードン・バンシャフト設計。旧日産本社社屋もこれを参考にしている(と思う)。基壇部はガラス張りのエントランスがあり、建物内外にアート作品を配し、ピロティを市民に開放している。ガラスの奥に見える緑色は、今見ても色褪せない凛とした美しさがある。


590 Madison Avenue / Edward Larrabee Barnes & Associates (1983)
 
「590 マディソンアヴェニュー」という殺風景な名が冠される前は「IBMビル」であったこのビルは、脇にガラス張りのアトリウムが併設されていて、公共に開かれたスペースになっている。のこぎり屋根のこの大空間は、冬場でもほんのりと暖かそうだ。


Trump Tower / Der Scutt (1983)
 
不動産王ドナルド・トランプの牙城であるトランプタワーは、ポール・ルドルフの下で学んだ建築家、デア・スカットが担当した。褐色ミラーガラスのカーテンウォールに包まれた建築で、中の様子や階数を伺い知ることはできない。しかも対角の交差点から見ると、建物の輪郭が乱反射してモアレを引き起し、実像なのか虚像なのか区別がつかなかった。

 
※内部写真、断面パースはともにデア・スカット公式ページより
建物の内部には入らなかったけど、5層吹抜けのアトリウムには金色のエスカレーターが走り、滝がしつらえてあるという。視覚的享楽をこれみよがしに湛えた建築に施主は大いに満足しただろうが、果たしてモダニストのデアの心境はどうだったんだろう。


Solow Building / Gordon Bunshaft (SOM) (1974)
 
裾の拡がりがあまりに優雅で撮ったソロービル。新宿にある損保ジャパン本社ビルと同系統で竣工年もさほど変わらないが、ゆるやかに傾斜して施工されたガラスのカーテンウォールは新宿のそれを圧倒している。設計はリーヴァ―ハウスと同様、SOMのゴードン・バンシャフト。


One57 / Christian de Portzamparc (2014)
 
※内観パースはMail Onlineより
ソロービルのあるW57th通りを西に見ると、これまたやたらと高く造形も面白いビルを発見。近くまで行かなかったけど、ネクサスワールド(福岡)でお馴染みのクリスチャン・ド・ポルザンパルク設計のワン57というビルで、下層はパークハイアットホテル、上層は住戸だという。北側にセントラルパークを見下ろす好立地で、何でもカタールの首相が1億ドルで最上階のユニットを買い取ったとか。まさに桁違い。


眩いばかりの超高層群に感動したのか、氷点下の元旦早朝で動悸が早まったのかもはや定かではないが、高鳴る鼓動を胸に一度ホテルに戻り、妻を起こして再度街に出る。今日の目的地の1つ、MoMAニューヨーク近代美術館)に行くためだ。
MoMAは世界的に知名度が高い美術館のひとつで、日本でもMoMAストア(表参道)などで知られるほか、新館の設計を谷口吉生氏が手掛けたことでも話題になった。


The Museum of Modern Art / Yoshio Taniguchi (2004)


イメージしていたファサードと実際のファサード
この新館を語る際に必ず用いられる谷口氏特有の箱型ファサード写真のおかげで僕はてっきり勘違いしていたのだが、このファサードは前庭から正面を臨んでいるものではなく、コの字型に配された建物の中庭から建物を仰ぎ見ているものだった。ゆえに通りから見たファサードは素っ気ないもので、「え、これがMoMA?」とはじめ疑念を抱かずにはいられなかった。イメージとはそのようなものだ。実際に見てみないと分からないことを、僕らは編集者が任意でトリミングしたイメージを介しわかった風に捉え、いつまでも何かしら勘違いしたまま生きてしまう。百聞は一見に如かず、だから常に旅には意味がある。

 
内部は複雑であり、即座に空間構成を把握するのは困難に思えたが、その印象も2階まで、7層もある展示空間は巨大なヴォイドを介して繋がり、常に人の姿が白い箱の狭間で交差する。ああこれは、写真ではわからないわ。確かに建物の各部は緊張感を持ったソリッドな線で構成され、どこを撮っても絵になるが、建築への理解には到底及ばない。これはこの場所に身を置いた者でなければ把握できない空間だ、と思った。アドルフ・ロースの作品がフォトジェニックでない豊饒さを湛えた空間ならば、このMoMAもまた同様に、平面図だけでは理解できない性質を持つものだった。近代的理性の枠組みの中で、近代を超克しようとする意志が建築に表出するリリシズムをMoMAは評価し谷口氏を設計者に選出したのだろう。しかし谷口氏のアイデアは、MoMA館長が作品を収蔵する箱に求める要求を完全に満たし、あるいは凌駕すらしていた。立体パズルのような困難なプログラムを鮮やかに解く谷口氏の手腕は豊田市美術館猪熊弦一郎美術館でも実証済みだが、一段と複雑な要求に応えているように感じる。
…とまぁベタ褒めの建築なのだが、このままでは作品と作者に対して失礼であり、建築に対するクリティカルリーディングをしなければならない。毀誉褒貶あってこその批評である。
たとえばこの建築は外に開かれておらず、MoMAを通して現代美術が社会的に開かれている状況が十分に表現されているとは言い難い。数百、数千万ドルの作品が並ぶガラスの箱を外敵から守るというセキュリティ面に対する配慮だろうが、周囲から完全に閉ざしてしまっている印象が今日の「開かれたアート」の状況に適合するかは意見の分かれるところだろう。
またよくよく見ると、日本の建築に比べつくりが粗い部分が目立つ。流石に手摺とか床壁の人目につくところの納まりはシャープなのだが、ガラス手摺とフローリング、絶壁の取合い部の納まりはザックリしていたのとか、あまり人が立ち寄らない部分のサッシの框と壁の取り合いシールが汚れていたり、ペンキもはみ出してたりと、見えないところにまで気を配る日本の建物とは違い、目立たないところでは手を抜く仕事がいかにも大国アメリカらしい。またエスカレーターからフローリングと手摺の間を見ると、なんとフローリングの小口がガラス手摺を通して見えているという目を疑うような納まりもあった。よく国際的に活躍する建築家が口にする「海外で施工可能なクオリティ」と言うのはこういう部分にも起因するのだろう。このような部分はあれど、全体のクオリティを下げるには枝葉末節、MoMAが建築作品として優れていることには変わりないので、安心してほしい。ガラスのカーテンウォールの像の歪みの無さなど、早朝に見たビル群と比較すると最も良い仕事をしているし、後から振り返ってもマンハッタンの建物の中では最高レベルの仕事だといってよい。

 


アート作品はゴッホの「星月夜」、ピカソの「アヴィニョンの女たち」、マティスの「ダンス」など超有名な作品が触れそうな距離にあり(触っちゃダメ!)、ドナルド・ジャッドのミニマリスティックな作品やポロックの絵画などの前衛芸術などなど。ちょうどピカソの彫刻展を開催していたのもあって、大変賑わっていた。
建築模型なんかも多数収蔵されていて、ヘイダック、グレイブス、コールハースSANAAなんかもあった。伊東氏のせんだいメディアテークもあるらしいが、展示されていなかった。


さて帰ろうとエスカレーターに乗って降りていると、アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」が通路に飾られているのを発見。ちょっとこの絵を飾るにこの場所はお粗末すぎません、館長?
ちなみにコの字型の反対側の翼はアートスクールで子供たちの姿も見えた。こういった幼い時期からアートに親しめる環境というのは恵まれていると思う。単純労働が今後機械にとって代わられ、芸術や感性に訴える仕事がますます重要味を帯びてくると言われる近い将来、幼少期からの芸術教育は日本でも大きな課題となる。こと芸術に関してはアメリカに学ぶべきところは多い。
MoMAを後にして僕らは次なる目的地、グッゲンハイム美術館を目指した。


601 Lexington Avenue / Stubbins Associates, Emery Roth & Sons (1977)

元は「シティコープセンター」と呼ばれていたが、現在は「601レキシントンアヴェニュー」と改称されている、巨大な柱で巨大なピロティを形成しているビックリ建築。基準階下部はガラスがほとんどないことから、巨大な斜材が入っているものと思われる。このピロティを形成した理由は、元々この地にあった教会が要望し、再び同じ場所に教会を建てたからだという。設計者のひとりであるヒュー・スタビンズは、横浜ランドマークタワーの基本設計者としても知られる超高層建築の名手だ。
601レキシントンアヴェニューのサンクンは地下鉄駅となっていて、ここから6番線を使ってグッゲンハイムに行く。


Solomon R. Guggenheim Museum / Frank Lloyd Wright (1949)

5thアヴェニューを北に向かうと、特異な円形の壁面が見えてきた。間違いない、ここだと思ったら美術館前には長蛇の列。え、皆さんチケットの並び!?と思ったがどうやらそうらしい。元旦から営業している美術館はMoMAとここくらいないし、仕方ないといなしつつ、列に加わる。既に日は傾きかけていて、空は雲が覆っている。セントラルパークに近接するこの通りは風が通り抜け、身を切るような寒さだ。しかしお陰で、じっくりと外観を見ることができた。

 
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緑の環が廻してあるけど、初めからあったのかな

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館は、ピカソやカンデンスキー、シャガールマティスなど近代芸術の巨匠級の作品を数多く所有していることでも知られるが、美術館自体を見に世界から人が集まる。米国の特定歴史建造物にも指定されているこの建築は、近代建築3大巨匠のひとり、フランク・ロイド・ライトの最晩年の設計によるもので、ライトの他の作品とは一線を画すシンボリックな建築だ。
このでシームレスな外壁はコンクリートに塗装というシンプルなもので、一切目地やPコン痕はない。日本でこれをやると、地震ですぐ外壁にクラックが入ってしまい、塗装の剥離や中性化の原因になってしまうが、マンハッタンだからこそ可能な仕上だ。こののっぺりとした外壁は抽象度を増して、建築然としておらず、さながら巨大な彫刻にも見えてくる。


建物の中に一足踏み込むと、視界が一気に開け、思わず立ちつくしてしまった。螺旋状のスロープが展示空間で、中心のアトリウムは1階から天井のトップライトまでまっすぐ伸びている。構造は至極単純だ。しかしこれは、近代理性だけでは説明がつかない、人間の狂気、深層心理、ひいては生命の構造に根ざしている、と直感した。螺旋はDNA、巻貝にも見られる生命の根源的なもので、建築でも古くから螺旋階段とかミナレットなどに応用されてきた。しかしデカルトに始まる近代自我は、理性によって解される水平垂直の空間を極めて機械的に生み出すことが自然に拮抗する近代的な人間の居場所だと考え、水平垂直の柱梁からなる建築が都市を覆い尽くした。マンハッタンもこのデカルト的理性を具現化したように水平垂直のグリッドが支配する都市構造を有する、資本の幾何学都市といえる。エレベーターの登場によって、2次元のグリッドに3次元目の軸が加わり、マンハッタンは世界一超高層ビルが集中する地区となる。それは極めて合理的、合目的的だが、やや表情が硬直し、非人間的な表情にも映る。そんな都市の中に、じっと水の流れに抗うタニシのようなこの螺旋状の建築が生まれたというのはほぼ奇跡的と言っても良い。

 
僕らはアトリウムを見上げた後、エレベーターに乗って最上階まで行き、そこからスロープを下りてくることにした。アルベルト・ブッリ(Alberto Burri, 1915-1995)というイタリアのアンフォルメルを代表する画家の作品展を行っていた。


作品の前に立っても床は容赦なく傾斜している。スロープ勾配は1/7なのだそうだ。これは車路などで用いられる勾配で、日本では車いすで上れる勾配は1/12以下、実際歩くにははっきりと傾斜を感じる。もちろん、しばらく歩いていると脚が疲れてくる。作品に対峙する以前に、建築と向き合わなくてはならない。こんな美術館、初めてだ。
美術館は近代に入り、装飾性を排しホワイトキューブに徹するのがお約束となった。建物の個性が強すぎると、作品の鑑賞に影響してしまうからだ。近代以前の芸術は貴族や一部愛好家のみが観ることを許されたものか、教会や権威的建物の装飾品であり、近代以降、芸術が広く大衆に認知されるようになり、大衆から観覧料を取ることで運営する「美術館」が生まれた。芸術が扱う内容も複雑・深遠になり、それらの作品の読解に没頭するための背景として、永らく、そして今も美術館はホワイトキューブであり、作品のための白背景を提供する箱である。その常識が、この螺旋の中では覆されている。
無論、その反転が好ましい反応ばかりではないのも事実で、開館当時から批判(主に展示する芸術家たちからの)は絶えなかったらしい。
しかし、それを踏まえても依然としてこの美術館の人気は高い。この建築も半世紀以上経っているが、これだけ人を引き寄せ続け愛されたのは、猛スピードで突っ走る現代社会が置き去りにしてきた生物的な予感めいたものをこの螺旋の中に内包しているからではないだろうか。

 
ひとつ気付いたのは、らせんの上下で廊下の跳ね出し部分の出幅が違うということ。下に行くに従って、徐々に跳ね出しの廊下は狭まり、アトリウムのヴォイドは広がっている。これは下に立って見上げた時、実際よりも見上げた時の天井高を高く、空間を大きく見せる視覚的効果を意図しているのだろう。このような微々たる操作がなんともにくい。


螺旋の中に挿入されたアーチはマリン郡庁舎を彷彿とさせる魅力的な造形だ。


円形のスロープと対になるように三角形の階段もある。ライトは設計していて、楽しかったんだろうなと思う。装飾ではなく純粋に形態を操作し練り上げる喜びは、設計者に許された特権なのだ。


再びGLに降り立つ。そしてやはりまた見上げる。この建物に入って、このアトリウムを見上げない人はいない。
正直なところそこまで期待していなかったが、死ぬ前に見とけって言える建築がまた増えた。ソロモン・R・グッゲンハイム美術館。この空間は偉大だ。

僕らは閉館時間近くまで留まり、そしてホテルへ戻った。

(3日目に続く)