ニューヨークの建築、アートめぐり(3日目)


3日目は僕と妻の共通の友人で、ボストンに住むきょうこ氏とノイエ・ガレリエにて合流する予定となっていた。ノイエ・ガレリエの開館時間は11時、それまでの間、ホテルからグランドセントラル駅まで街を歩くことにした。


Seagram Building / Mies van der Rohe, Philip Johnson (1958)
 


まず、ミース・ファン・デル・ローエフィリップ・ジョンソンの共作、シーグラムビルを参拝に行く。近代建築の教科書には必ず登場し、避けて通れないこのビルは、近代建築3大巨匠のひとり、ミースの手掛けた超高層オフィスビルとして半世紀経った現在でも近代建築の金字塔の如くそそり立っている。だから「観に行く」などという生易しいものではなく、「参拝に行く」のだ。
遠望するとまず抱く印象は「黒い」。そしてどこまでもモダンで古びれない佇まいの美しさがある。数多の建築関係者が参拝にくるのも納得の美意識の塊だ。

 
1階平面図と大理石の箱の貫通

これも不勉強で知らなかったことだが、シーグラムビルの1階は大理石張りのマッシブなボリュームが建築の内外を貫いている。プランは純粋なシンメトリー(線対称)となっており、古典的でさえある。近代建築の巨匠がプランに古典における解決を求めたのは不思議に思えたけど、時代は20世紀の折り返し地点、アールデコ、擬古趣味のスカイスクレーパーが席巻したいわば近代の過渡期の時代にあって、古典の引用は真新しい建築様式を円滑に導入するための潤滑油として用いられたのかもしれない。またシンメトリーは構造的に有利だ。

H鋼のマリオンと外壁のディテール

 
脇の回転扉と外壁石・ガラスのカーテンウォール

エントランスホール・外構で大理石をふんだんに使用し、シンメトリックで古典的な構えを見せる一方で、2階から上を近代の材料(鉄鋼、ガラス)で被覆するという様式のデュアリティ(二重性)は現在のオフィスビルでも頻繁に引用されるが、その意味でもこのビルの卓越した先見性は見逃すことができない。ちなみに内部の撮影はNGだった。


St. Bartholomew's Episcopal Church (1967)


シーグラムビルからヘルムズリ―ビルまで歩く道中で立ち寄った教会。市内には超高層のスカイスクレーパーの只中にポコンと空隙があり、それがカトリックの教会だということがしばしばある。ボザール様式で建てられた比較的新しいセント・バーソロミュー教会も例外ではなく、金融関係の超高層ビルが林立するパークアヴェニュー沿いにあってオアシスのような空隙を生み出している。

 
さてこの「ボザール様式」というものなんだけど、僕もよく知らなかったので調べてみたのだが、フランスの芸術大学「エコール・デ・ボザール」で学んだアメリカの建築学生が、帰国後本国で記念碑的建築に用いた歴史的建築風の意匠を総称して言うらしい。だから西欧の正当的な建築史(ビザンチン、ゴシック、バロックロココ等)には存在しない、様式の混在がみられるというわけだ。過去の歴史的意匠を用いることで、権威的建築に相応の風格を与えるのはたやすい。1783年にパリ条約を結び、アメリカが国家として独立して230年と少し。ヨーロッパの諸国と比べよく「歴史が無い」と揶揄されるが、建築の歴史も浅い。その中で国家のシンボルとなる重要建築物に相応の威厳を与えるためにはヨーロッパの意匠を取り込むしかなかったのだ。エコール・デ・ボザールで学んだ米国の若き建築家の卵は、国家の命運を決めかねない建築を学ぶという使命感と重圧のなかで、必死に意匠を学んだに相違ない。なんと目頭が熱くなる話ではないだろうか。


コリント式オーダーのファサード

話が少々脱線したので戻すと、この教会の奇妙は様式の混在に納得する。この教会自体はレンガ造のロマネスク様式だが、ファサードアカンサスの葉で覆われたコリント式オーダーをもつ大理石の柱が必要以上に林立するマニエリスムバロック様式である。
ファサードだけ異種のものを取りつけたのは、恐らく金融ビルのひしめく街路に面してロマネスクじゃちと物足りない、でも資金が無いから全面大理石は不可だ、ならファサードだけでも豪華にしまっせ、というところではないだろうか。
金が物言うマンハッタンにおいて様式の混在を認めるボザール様式は、経済的理由からも迎合されたと考えて間違いないだろう。ヨーロッパは様式の逸脱に厳しいが、星条旗の下に集った多国籍軍アメリカらしい様式、それがボザール様式なのだ。


Helmsley Building / Warren and Wetmore (1929)
 
ウォレン&ウェットモアによるこのボザール様式のヘルムズリ―ビルは、今見たら笑ってしまうほどヒロイックなものだが、妻は「いっそ清々しい」と評価。パークアヴェニューの突き当たりに位置し、建物に穿たれた2つのローマ風ヴォールトからは車が往来する。メットライフビル(旧パンナムビル)が建設されるまで、グランドセントラル駅直結の複合ランドマークビルとして名声を轟かせた。


Grand Central Terminal / Warren and Wetmore (1913)


古典主義風ボザール様式で建てられたこのニューヨークを代表する駅舎、グランドセントラル駅は1871年に開業し、ヘルムズリ―ビルの設計者、ウォレン&ウェットモアによる改修を経て現在の建物になり1世紀の歴史を有する。プラットホームは全て地下に組み込まれ、往年の巨大なコンコースは役割を終えていると言っても過言ではないが、そのシンボリックな性格ゆえニューヨークの記念碑的建物として現在も多くの人が訪れる。天井には星座が描かれているというのは日本の公共建築で見かけることがまずない意匠。これは粋だ。グランドセントラル駅、“Grand”との呼称は伊達じゃない。


地下1階は「ダイニングコンコース」と称されるフードコートとなっている。東京駅や新宿駅でこういうフードコートって見かけないけど、日本はその代わりにコンビニがある。フードコートを歩き回りながら尋常じゃない小梁の数を見て、コンコースの想定荷重を想像したりした。

 
柱に隠された空調の吹出口とコンコースの一部


シンボルの時計

ランドセントラル駅を見終わり、地下鉄6番線で昨日グッゲンハイムに行ったのと同じ86番駅で降車。グッゲンハイム美術館とノイエ・ガレリエは目と鼻の先の距離なのだが、日程の都合上同日はできなかった。


Neue Galerie

ここできょうこ氏と合流。開館前にも関わらず美術館前には長蛇の列。人気の高さが伺える。ここでの目玉はグスタフ・クリムト作「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I」である。


グスタフ・クリムトアデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I

ナチスに接収されたのち、オーストリアからアメリカに住む元々の持主マリアの下にに返還される経緯はドキュメンタリー映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」にもなり、絵画は現在この美術館に収蔵されている。当時、絵画史上最高額となる156億円(1億3500万ドル)でドナルド・ローダーに売却されたことでも有名になった。
ドイツ・オーストリアの近代の作品を主に展示する美術館というアメリカでも特殊な性格のこの美術館、館内は撮影禁止なので文面だけの紹介となるんだけど、いやはやクリムト美術館じゃないかってくらいクリムトの作品を所有している。そしてアデーレは割と近くまで寄って観られるんだけど、ほんとうにうっとりするような絵だ。恍惚とも慈愛ともいえぬ奥深い表情に、そこはかとなくチラつく死の匂い。金箔のパターンもモダンで、時代を超えた普遍的な美しさがあり、観ていて飽きない。しかし156億か〜。
またこの美術館は家具や工芸品も多数収蔵し、ニューヨークに居ながら19世紀のウィーンの絢爛な雰囲気を味わえる。メンデルゾーンのアインシュタイン塔の模型や、パースなども収蔵していた。


ミースの有名なスカイスクレーパーのドローイングも実物があったが、想像以上にでかい。まさかこんなところで見ることができるとは。

ノイエ・ガレリエ1階のラウンジで昼食を済ませた後、一行はメトロポリタン美術館を目指した。


Metropolitan Museum of Art (MET)

 


大英帝国博物館、ルーブル美術館と共に世界3大美術館に数えられる巨大な美術館で、本当に途方もなく広い。1日で回るのは不可能に近いと言われているが、ここは3時間程度しかみることができないので、急ぎ足で回ることにした。


このデンドゥール神殿などは実際にエジプトから寄贈されたものを運搬し、専用の室まで設えてしまった目玉の展示品。さすがメリケン、やることのスケールが違う。

 
エレクテイオンのような人柱彫刻。寄木細工も精緻で素晴らしい。


ミニマリズムの代表的な芸術家で、建築家にもファンが多いドナルド・ジャッドのステンレスの箱。間に挟んだ板の角度と位置を動かすだけで実に多様な表情を生み出している。クールだ。


エルズワース・ケリーの「イン・メモリアム」という作品。鮮やかな色彩に塗ったキャンバスを並べた作品。


アモルとプシュケー。大理石の艶やかな表情とダイナミックな構図、無上の愛を讃えた作品。全く個人的なことだけど、毎年趣味で描いているクジラの名前はギリシア神話の女神から採用していて、今年のクジラはこのプシュケーからいただいている。その関係でアモルとプシュケーの像はよく見ていたので、見た時もすぐにわかった。


スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」。あれ、この作品ってもっと大きくなかったけ?と思ったら、習作だそうで、本作はシカゴ美術館で門外不出となっているそうだ。また写真には撮らなかったが、エジプトの芸術品・装飾品・葬送品なんか見ていると人間がどこから来て、どこへ行こうとしているのか、つい考えてしまった。

全体の1/4程度しか見ていないような気もするが、へとへとになったのでホテルに戻ることにした。
外は日が落ちて、夕闇が支配していた。それにしても本当によくこのセントラルパーク沿いは冷たい風が吹き抜ける。


全体を眺めてみたが、やはり広大な建物だ。



ちなみにどのくらい広いのか、まずはベタに東京ドームと比べてみよう。





うん、1.5個分といったところか。



次は大学在学中にアホみたいに広いと思っていたイーアスつくば。





おお、これはいい勝負してる。



最後に、日本一の展示面積を誇る国立新美術館と鳥瞰パースで比べてみよう。





そうか。



いやはや、スケールが違った。今度来るときは丸1日回れるように準備していこう。

(4日目に続く)