『看板建築図鑑』発売のお知らせ

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2019年12月24日、前著『看板建築 昭和の商店と暮らし』の出版から7ヶ月後、満を持して『看板建築図鑑』を出版する運びとなった。初の単著である本書は、2018年の春に「大福書林」という出版社から届いた「このブログ記事にある立面図集をつくりませんか?」というお誘いからスタートした。実は2018年の年始に「3年以内に書籍を出版する」という目標を掲げ、イラスト制作とブログ、SNSを活用し積極的に「仕込み」をしていたという経緯があり、こうしたお誘いがあるのはある程度狙い通りのものであったものの、本ブログ掲載の直後に反応があったのは少々面食らってしまった。

 

さて話を伺ってみると、大福書林は瀧さんという小柄な女性が個人で興した出版社であり、ここで出した『いいビルの世界』、『喫茶とインテリア WEST』といったレトロ建築の本は、出版社名こそ意識しなかったもののかねてから気になっていたものだった。そして何度かお会いして対話を重ねるうちに、流行に左右されることなく丁寧に本づくりをおこなう姿勢が徐々にみえてきた。大手出版社ならば手続きに時間がかかったり、上司や営業といった担当者以外の意向にも左右されたりするという噂も耳にするが、会社の運営から営業、編集までひとりでおこなう個人出版社では、二人の合意さえ取れたら物事が進む。大手書店でも平積みや面陳列が目立つ営業力も然ることながら、こちらの要望も最大限取り入れてくれそうな物腰の柔らかさ、何より美しいもの、さりげないものに対する瀧さん自身の感性の鋭さに惹かれ、この出版社であれば作品の魅力を余すことなく引き出してくれるだろうと確信し、瀧さんのお誘いを受けることにした。

 

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本書は看板建築のイラストを中心とした作品集である。それと同時に、看板建築にまつわるさまざまな知識を紹介する、専門書とはいかないまでもかなり専門書寄りの書籍でもある。僕は建築史家ではないが建築士ではあり、世間的には同列のプロとしてみられる(きっと建築家、建築士、建築史家の違いを説明できる専門外の方は少数だろう)。さらに後世に残る資料にしたいという気宇壮大な企てから、知識面でもやや踏み込んだ内容になっている。

たとえば「看板建築・リヴァイヴァル」という言葉が出てくるが、これは僕のつくった造語で、平成以降に昭和初期の看板建築のファサードを模してつくられた比較的歴史の浅い建物を指している。ノスタルジーや景観との調和、といった文脈から生み出されていることを指摘したうえで、ゴシック・リヴァイヴァルやバロック・リヴァイヴァルのように、時空を超えて当時の様式(形式)が再評価されつつあることを示している。これは看板建築探しから発見したもので、看板建築をめぐる新たな展開として紹介した。

 

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読み物ページの例

文章において、書籍化となればエビデンスが必要になる。建物の情報については、店の主人に話を伺い、区の図書館や都立図書館に赴いては複写し、郷土資料館や役所への聞き込みなどの地道な作業を経てひとつずつ裏取りをした。特に苦戦したのは建物の竣工年で、資料によってまちまちだったりする。とある市の国登録有形文化財の竣工年表記が店のHPと相違することを市の担当者に問い合わせたところ、近年になって棟札がみつかり、市が発行する資料やそれを基に書かれた媒体が誤りであったことが判明した、ということもあった。自治体等が発行した先行研究資料においても、必ずしも事実が書かれているのではないという教訓は、〈歴史は生き物である〉というエピグラムを想起させる。歴史研究者であれば日々直面する文献間の齟齬という課題に興味本位で立ち入り、深淵を覗きこんで深淵に睨み返されたこともしばしばあった。とまれ、イラストを中心とした作品集ではありつつも、イラストと同じくらい資料参照とテキストに労力を割いている。

 

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肝心のイラストは資格試験の終了後から本格始動させた。線画、色塗りの時間をストップウォッチで計測して作業時間を想定し、それを元に工程表を組み立て、進捗管理をおこなうという方法で、自身の作業時間を意識しつつ妻との情報共有を図る。以前は気ままに暇をみつけては描いていたのだが、書籍化となると悠長なことも言ってられなくなる。まるでアスリートのように日常の娯楽や無駄を削ぎ落とし、時間を管理し、アウトプットを進めていかなければ追いつかなかった。不要な外出も少なくなり、それとともに食事量も調整したので、体重も5キロほど減った。2019年はそうした年で、もはや趣味とは言えない状態になってしまったが、著書2冊と講座開講によって、自分の興味関心事を趣味からレベルアップさせることができたのは、マイペースな僕の性格からすれば十分な成果といっていいだろう。

 

タイトルの『看板建築図鑑』については、当初『看板建築図集』として始めていた一連のイラスト群の最後の文字を取り替えたものだ。「図集」というと、本書のイラストの参考にした『ボザール建築図集』をはじめ、Amazonでは『○○詳細図集』といった建築系や「図案(デザイン)集」といった意味をもつ書籍がヒットする。どちらかというとアカデミックな意味合いで用いられることが多く、一般的になじみがあるかといわれれば、必ずしもそうとは言えないし、そもそも「図集」という言葉自体、広辞苑には載っていない。一方、「図鑑」であれば小学生でもわかり、内容も「図集」よりイメージがしやすい。文字組み時の座りも申し分なく、より多くの人に手に取って眺めてもらいたいという意図から、最終的にこのタイトルにおさまった。

 

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「図解 海老原商店」は本書のために描きおろした

ここで本書の意義について触れておきたい。

看板建築に特化して写真以外の方法で記録した媒体はいままで無かった。あくまで都市景観の一部の特異点として、好事家の観察対象に留まっていた看板建築を、横並びに大真面目に描いて記録したものは、この本が最初になるだろう。「影をつけた立面図」という切り口が果たして適切だったのかどうか未だに議論の余地はあるが、その是非を問う間もなく看板建築は都市空間から姿を消しつつある。そうした一刻を争う状況においては、巧拙ひっくるめて撮影・記録し、どのような方法であれアウトプットしなければならないという危機意識がこの作業を突き動かした。

看板建築のもつデザインの豊かさ、斬新さ、ちぐはぐさは、映し鏡のように、近代化にひた走る当時の日本の状況を象徴している。冷めた言い方をすれば西洋建築の劣化コピーなのだが、ひとつひとつが異なる表情をもち、全てがオリジナルな建築であるという状況は、現代の日本ではもはや叶えられない夢になってしまった。

現在のマスを占める住宅はハウスメーカーによって、サイディングや化粧スレートといった工業製品による均質で劣化の少ない安定した建材を用いて、デザインもカタログからセレクトするように、極めてシステマチックに進められている。そうした企業努力によって、ローコストで一定の質を保った住宅が大量に供給されてきた。

対照的に看板建築は、地元大工との一対一の対話から生まれた唯一無二の存在がほとんどで、その本来の面白さをファサードに表出し、都市空間に雄弁に語りかける。こうした存在が都市空間において貴重なものだという意識が一般に浸透すれば、戦前の建築の保存活用についてより建設的な議論が生まれることだろう。単にノスタルジーとして消費されるものではなく、歴史的な文脈を背負い、かつ一定数現存する看板建築だからこそ、都市空間に目を向ける契機になりうる、と僕は考えている。自治体においては、これを都市の資源と考えるか否かが、歴史や文化に対するスタンスの分岐点になりうる。

『看板建築図鑑』は美しいビジュアル(自分で言うと照れくさいが)によって、看板建築を「再発見」させることがねらいだ。そして看板建築を保存・活用の議論の俎上に上げるための、カンフル剤としての役割も担っている。そのため、いわゆる廃墟趣味やノスタルジーから距離をおいて、純粋な造型の豊かさ、妙味に触れられる媒体としての機能を持たせている。表現も、研究とは違い、今現在都市に生きる人々に目を向けられなければ、この作業の意味が薄れてしまうと考え、視覚的に訴えることを徹底した。その姿勢はイラストのみならず、書籍の装丁にも表れている。

 

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版型はやや縦長で、あまり見たことがないプロポーションである。これは、イラストの建物に縦長のものが多いというのと、洋書のような雰囲気を出すためにあつらえた独自のものだ。

表紙の「蜷川家具店」は佐原の伝統的な街並みのなかにある看板建築で、作品としての美しさ、密度は申し分なく、また版型にもフィットしたので表紙を飾るのに最適だった。

製本は並製(ソフトカバー)ではなく上製(ハードカバー)で、保存に適したつくりだが、ソフトカバーの手になじむ感じも捨てがたかったので、台紙の厚さを試行錯誤し、上製でありつつも軽く、手になじむ仕様になっている。この台紙へのこだわりは瀧さんの提案によるもので、並製と上製のジレンマを克服するべく奮闘していただいた。またカバーを外した表紙には竹尾のビオトープという風合いのある紙を採用し、アンティーク調に整えた。

 

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こうした数々の工夫によって、作品の雰囲気を最大限に引き出した装丁に仕上がった。全く頭が下がる思いだ。

もし本書を書店で見つけたら、是非手にとってみていただきたい。めくるめく看板建築の世界へと、貴方を誘う準備はできている。


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最後に、本書に関わっていただいた全ての方に、御礼を申し上げたい。ありがとうございました。