ラブドールと写真家 ―「LOVE DOLL × SHINOYAMA KISHIN」展トークイベント レポート


出典:WWD


手渡された名刺には「芸術家」でも「アーティスト」でもなく、「写真家」という肩書きが控えめに書かれていた。

「激写」という言葉を生み出し、時代とともに先端を走り続ける篠山紀信氏は、週刊誌のグラビアをはじめ「写真」を媒体に多岐に亘る被写体を撮り続け、活動開始から半世紀経った今でも現役というモンスター写真家だ。
ごく最近にも原美術館で開催された「快楽の館」展(2017)では、ヌードの女性を原美術館の室内外で撮影し、等身大のサイズで同じ場所に配置するという手法で現実と虚構が混濁したセンセーショナルな作品を披露した。

その篠山氏が今度は「ラブドール」を撮影するという。
果たしてどんなアプローチで撮影に挑むのか。被写体に多くを依存する「写真」というメディアを通して、写真家は何を訴えるのか。

2017年4月30日、写真展の会場である渋谷の「アツコバルー」で、美術史家の山下裕二氏との対談があるとTwitterで知った。
早速、学習院大博士課程で身体表象文化学を研究している友人の関根麻里恵さんと、同じく友人で東京藝大でラブドールを用いた修了制作で数々のニュースメディアの注目を集めた菅実花さんと連れ立って、対談に臨むことにした。


「僕はラブドールを撮るの、初めてなんですよ」
こう篠山氏は切り出した。
撮影のために人間の代わりに人形を使ったことは幾度となくあり、また作品としての人形を撮ったこともあったが、以前に撮影した四谷シモン氏の人形とラブドールとの違いについて、前者が「アート」として完成されているのに対し、後者は純粋な「工業製品」であることに興味を覚えたのだという。
ラブドールは鑑賞のための「芸術品」である以前に、男性との性交渉という“機能”を果たすために、極限まで人間に擬態した「工業製品」である。それを篠山氏は「近未来的な写真を撮るのに都合がいい」と評価する。
「『写真』って『真』を『写』すって書くでしょ?だからみんな字の通りに受け取って『写真は真実を写すものだ』と思っちゃう。違うんですよ、写真なんて全部ウソ、ウソつきなんです。で、今回撮ったラブドールもウソでしょ?ところがね、ウソ×ウソ=真実だったりするんですよ」
自身も落語を嗜む篠山氏は軽妙に切り込んでいく。
「それで、あたかも人間に当てるような光や、細やかな仕草を真似させて撮ると、一瞬だけ奇跡のような瞬間がある。そこを逃さず撮るんです」

撮影にまつわる裏話、職質を受けたときの警察との駆け引き、他の現代アーティスト批評なども交えつつざっくばらんに語る篠山氏は、親しみやすさと鋭利な頭脳を併せ持ち、聴衆はその軽妙な語り口と時折垣間見せるプロの眼差しに徐々に呑まれていった。

山下氏から写真と現代美術の関係について尋ねられた篠山氏は「写真を現代美術としてやってしまうとつまらない」と返す。週刊誌の仕事を数多くこなす中で、「写真は生々しさこそが面白い」という結論に達する。これが、あくまで「芸術家」ではなく「写真家」として活動する篠山氏のスタンスだ。


この企画を発案した山下氏は、写真家の人選について「ド真ん中直球でいきたかった」と語る。数々の女優、素人の肖像を世に送り出し、常に時代の先端にいた篠山氏以外に適任が思いつかなかったそうだ。
「この作品集に寄稿するために人を象ったものの歴史について振り返ってみたんですが、縄文時代土偶弥生時代の埴輪、その後の仏像ときて、そこから運慶を除いて、ある程度類型化されてしまうんですね。完全に人の形をしたものを作ること自体、タブーだったんじゃないかと考えるようになったんです」

人の形をしたものに心が宿る。そう考える民族は必ずしも日本人だけではない。世界各地で人の形をしたものにまつわる逸話があり、信仰が存在する。
その禁忌の対象を撮ることについて山下氏は「薄皮を剥いでいくエロス」と形容する。
“禁忌の中にエロスは存在する”とバタイユは言ったが、ラブドールは「人に限りなく近いモノ」であると同時に「性的消費のために作られたモノ」であり、メタレベルで禁忌の感情を誘発する。華奢な体型を有し、現代人好みの顔を研究して作られたこの罪深き創造物は、あまりに美しく、そして官能的だ。


「digi+KISHIN」の映像作品が上映されている展示室の壁には、バラバラになったラブドール達の写真がある。これまで人間を模倣し、愛情の眼差しをもって撮られていた被写体の変わり果てた姿によって、今まで見せられていたものが一転、虚構だと気づかされる。
「最期はこの手でバラバラにしてやろうと思った」と篠山氏は笑う。「撮れば撮るほど、ドールって美しいんですよ。そのうち俺達はこいつらに支配されてしまうんじゃないかって思えてきて、それなら先にバラしてしまおうと(笑)」
これらの精巧なラブドールを製作するオリエント工業には、AI搭載のオファーが絶たないのだという。菅さんから聞いたのだが、既にAIを搭載したドールも存在するそうだ。

まるでSF映画のような出来事が、僕らのすぐ背後に迫っている。これらドールの写真がひたすらに耽美で、同時に胸騒ぎを覚えるのは、篠山氏のファインダー越しに「ウソ×ウソ=真実」が見え隠れしているからではないだろうか。

洗練されたドールが現代人の欲望を映し出す。たとえ虚構と知りつつも人々はそれを求め、やがて現実を凌駕し、より理想的な「ヒト」へと近づいていく。そのずっと後方で、人間は自分たちの模造品の華やかな躍進を眺めることになるかもしれない。

篠山氏の写真は、いつまでも「ウソ」だと笑っていられない近未来の予言を内包する。
ルブタンのハイヒールを履いた彼女たちは、その澄んだ瞳で静かに僕らに問いかけている。

篠山紀信 写真展 - LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN-』
 日時:2017年4月29日(土)〜 5月14日(日)
    14:00〜21:00(日、月曜は11:00〜18:00)
 場所:渋谷 アツコバルー arts drinks talk
 URL :http://l-amusee.com/atsukobarouh/schedule/2017/0429_4198.php