補章:「旅行の設計」のすすめ

今回の5泊7日間のNY旅行では安全かつ貪欲にアートと建築に触れ合うというコンセプトのもと、普段の旅行以上に綿密なスケジュールを組む必要があった。というのも、昨年の夏に行ったシンガポールでは、スケジューリングの甘さからリベスキンドのにょろにょろレジデンス伊東豊雄氏の緑化ビルを見逃すなど苦い経験をしたのと、不穏な国際情勢のなかでの渡米に不安を抱く両親を安心させるという2つの目的があったためだ。そうした背景から今回導入したのは、「与条件を守りつつ可能な限り安全で快適かつ二人が行きたい場所を最も効率よく導き出すマトリクスを用いたプランニング」である。これは敷地や予算、その他与条件からその場に最適な建物を生み出す建築設計のプロセスを応用したもので、いわば「旅行の設計」だ。
・・・というと何だか凄そうだけど、原理は単純で、旅行好きの人なら似たことを既にやってるかもしれない。

ところが旅行誌やネットなんかを見ても、旅行のコース提案や行程作成アプリは数あれど、行程の組み方そのものの提案はほとんどないことに気づいた。
そこで旅の締めくくりの補章として、僕が今回試みた「旅行の設計」なるものを記したい。



1.「マイマップ」を作成する
Googleが提供する「マイマップ」は仮想のマップ上にピンを立て、保存・共有できるサービスだ。2015年秋に携帯アプリからの閲覧も可能になり、ユーザビリティが飛躍的に向上している。
まずは行ける行けない関わらず、その旅行で行きたい場所全てをプロットする。
水色が僕、黄色が妻、赤がホテル、という風に色分けしている。マップは共有できるので、ボストン在住のきょうこ氏にも事前に確認してもらった。
今回、ホテルはアクセスを何より重視した。こういうものを見つけてくるのは妻の方が長けているので任せた。



2.「主要なスポット」の開館・閉館時刻をマトリクスにまとめる
大抵の施設はWebページに開館日・開館時間を掲載している。特に今回は年末年始(ホリデーウィーク)に絡む日程だったので、どの施設も変則的だった。行ってから無駄足を踏まないよう、外国語のページでも根気よく調べるのが肝心だ。グルメ好きで絶対に行きたい店なんかがあるなら、その店の開店・閉店時間もマトリクスに組み込もう。


3.与条件を洗い出す
今回の旅行の与条件は以下の通り
行動時間・・・朝食は7時に摂り、18時にはホテルに着いているようにする。(安全のため)
行動範囲・・・危険性が高い場所(人が集まるホールやスラムなど)には極力近寄らない。
交通手段・・・地下鉄メインで行動するが、必要あればタクシーも使う。
同行者の要望・・・2日、3日目はきょうこ氏とMet、ノイエ・ガレリエ、MoMA PS1、Museum of Sexに行きたいという意見を最大限尊重する。

その他、悪天候のときの行き場所の代案、交通手段なども想定しておくとなお良い。


4.マトリクスと与条件から旅行の骨格をプロットする
1で作成したマイマップと2で作成したマトリクスをプリントアウトし、3で洗い出した条件より、成立するパターンを作成する。

STEP1: まず与条件からメトロポリタン美術館(Met)、ノイエ・ギャラリー(ガレリエ)を考える。この2つは距離が近いので同日にすると、MoMA PS1、Museum of Sex(MoS、マトリクスには非掲載)は自動的に別日となる。開館時間で差があるのは、Metが2日は21時までだが3日は17時半で閉まるため、開館時間に余裕がある2日にMet+ノイエとし、3日にPS1+MoSとする。2日にグッゲンハイムを組むこともできるが、Metのボリュームを考えるとこの2件だけで十分だろうと判断する。
ノイエは開館前から長い列ができると聞いていたので、ノイエ→Metの順とした。


STEP2: ニューミュージアムが4,5日に開館しているかHPから読み取れなかったので(笑)、3日に組み込む。閉館時間に差がないので、順番は未定。


STEP3: ホイットニー美術館はハイラインとセットで1日がかりとなり、ハイライン周辺は見たい建築も多いのでグッゲンハイムやMoMAと組み合わせて行くのは難しい。MoMAとグッゲンハイムは近いので、9:30と開館時間が最も早い1日に組むと、ホイットニーは4日となる。
ちなみにホイットニーの1日にある"PWYW"とは"Pay What You Want(好きなだけ払う)"ことを指す。19時から最低2ドル程で入館可能という太っ腹な時間だ。NYには"Pay What You Want"を定めている美術館やギャラリーが多くあるので、節約のためにも調べておくと良いだろう。


完成。
このように、開館日、立地などの条件を手がかりにスケジュールを組んでいく。
この骨格となる「主要なスポット」は、1日1〜3件程度が望ましい。


5.骨格をもとに肉付けをする
短時間で見られる「サブスポット」を、「主要なスポット」間にプロットしていく。「サブスポット」は特に優先度の高いものから選ぶ。この時点で「主要なスポット」は全て網羅されており、「サブスポット」を取捨選択することにした。また使う駅、路線なども全て計画しスケジュールに書き入れておく。

ワンポイント:スケジューリングは「8割」を目安に
一日の内、8割を計画し、残りをバッファ(空白)とする。こうすれば心理的な余裕も生まれ、アートなどの鑑賞に注力することもでき、予定より時間が余れば別の「サブスポット」を挿入することもできる。また僕らは実質5日間の内、「主要なスポット」を4日間(=8割)で周るよう計画した。フリック・コレクションに行くと決まったのは最終日前夜で、このバッファ(2割)を有効活用した。

6.データを印刷し、保管する
スポットの追加はネット上のマイマップ、プリントアウトしたマップともに書き入れる。スケジュールは紙とデータの両方を持つことで、万一紛失したり端末が破損した場合でも、どちらかを参照することができる。またデータは各社クラウドサービスに保管し、スマホタブレット、PCと、どこからでもアクセスできるようにしておくといい。僕はOneDriveを使った。


7.事前にシミュレーションをおこなう
行程を組むことで大体の内容は把握ができるが、当日までに一度は頭の中でシミュレーションをすることをお勧めしたい。「この広場に出たら右に曲がって・・・」というように地図を見ながら一度脳内で場面をイメージすれば、なかなか覚えているものだ。今はGoogleストリートビューで大抵の場所はチェックできるので、不安があれば確認しておくのも良いだろう。ただし小さな店や看板なんかを目印にしておくと、忽然と姿を消していることがあるので注意が必要だ。

完成したスケジュールはこちら。
 
 
 


例えば3日の日程はこのようになっていた。


ニューミュージアム、Museum of Sex、MoMA PS1をプロットし、付近の「サブスポット=(エンパイヤステートビル、クーパーユニオン(41 Cooper Square))」などを盛り込んでいたが、昼時点で時間が押してしまったため、クーパーユニオンを次の日(4日)のバッファに回す、ということをしていた。


今回、「開館時間」を手がかりに理詰めでスケジューリングすることで、実に無駄なく、迷うことなく目的地に移動することができた。もともと僕はいきあたりばったりの気ままな旅行も好きだが、今回のように限られた時間の中で効率よく動けば、より多くのものに触れることができ、得られる満足感や達成感も一段と大きくなる。また、やたらと詰め込みすぎて消化不良に陥ったり、ツアーのように団体行動や制限時間を強いられることもなく、たとえ時間が押して目的のものが見られなくても、次の日のバッファに組み込むなどすれば取り戻せる柔軟さがある。

しかし上述の方法は全てをカバーできるわけではなく、スポット同士の距離が遠く分散している史跡ツアーや、毎日宿泊場所が異なるような放浪の旅には不向きだ。「旅行の設計」はニューヨークやパリ、京都など、文化(あるいは、訪れるべき場所)が高密度で集中する都市を限られた時間で周る旅において威力を発揮する。

まずはあなたの行きたい場所をマイマップに落とし込むところから始めてみてはいかがだろうか。


おわり。